農業と食糧安全保障について

TPPを農業問題のみに絞って語ることは問題の矮小化である。農業はTPPの全24分野のひとつに過ぎない。しかし農業分野について思い付いたことを列記してみた。問題の本質の、ほんのわずかな列記である。
TPPは何も恐くないと言う。逆に農業改革推進のために活用できる、規制や関税に守られた既得権益と政治との癒着が日本農業の構造的問題なのだから、TPPを利用してそれを打破し構造改革を進めようと言うのである。馬鹿な奴らだ。既得権益と政治力の破壊の次に来るのは、より強力なアメリカ農業の既得権益とその政治力の行使であろう。
すでに日本の農業は、モンサントのF1品種に依存する体質となっているが、さらにその隷従が進むと見るべきである。また穀物メジャーのカーギルとADM等の支配下に置かれ、アメリカの農業関係企業、農業団体による政治的圧力が強まるだろう。それに抵抗したり、地産地消を推し進めようとしても、TPPの嫌らしさは関税撤廃ばかりでなく、非関税障壁の撤廃にある。「ISD条項」を持ち出され、日本の地産地消は非関税障壁に相当し、わが社は○○○億円の損失を受けたと、日本国を相手取って訴訟が起こされる。

日本の農産品は成長著しいアジアに輸出できる、アジアの富裕層向けに日本の高付加価値農産品の輸出を伸ばせると言う。これも疑った方がよい。
3年ほど前のこと、日本の若い農業者がその高い農業技術を活かし、ベトナムやカンボジアで高付加価値の野菜作りに挑んでいるとNHKが伝えた。その農産物は成長が期待できるアジアの富裕層向けに届けられ、また将来は日本にも輸出する計画なのだとか。記者の意見かどうか知らぬが、その報道はその取り組みが注目されており、日本の農業は決して暗くないと。馬鹿な奴らだ。その農産物は日本の一般人の口には入らないのだ。またこれは日本の農業ではなく、ベトナムやカンボジアの農業であり、彼等はかの地への移住者と見なすべきだろう。

「TPPで日本は野菜の100品目の関税を完全に撤廃するが、野菜は低カロリーなので食糧自給率に与える影響は極めて少ない」という馬鹿さ加減はどうだ、というより呆れるばかりの国民への欺瞞的広報である。
食糧自給率の話である。カロリーベースの食糧自給率のおおよそは、フランスが130%超、アメリカが129%、ドイツが92%、イギリスが72%、日本は39%。日本は危機的状況なのだと知るべきである。
農業生産額ベースでは1位中国、2位アメリカ、3位インド、4位ブラジル、5位日本である。農業生産額ベースでは日本は世界第5位の農業大国となるが、誰もそんな実感はあるまい。これは、人口、作付面積、物価、その時点での為替相場等が作りだした、マクロ数字のマジックに過ぎない。
戦略物資としての穀物の話である。先ず穀物が人間の身体を養う主食なのである。長期間冷蔵保存が可能で、しかも腐敗しにくい。したがって日本以外の世界の国々は「穀物自給率」を最も重視する。
穀物自給率は、旱魃等等の気象に影響され、年によって増減はあるが、ここ10年ほどのおおよその平均値として、オーストラリア280%弱、フランス170%超、アメリカ130%超、ドイツ120%超、イギリス99%、中国90%、北朝鮮50%………日本27%。この日本の数字を辛うじて支えているのが米なのである。
野菜類はあくまで副食農産物であり、人間の身体を養う主食は穀物なのである。ちなみに日本の食肉自給率はこれもおおよその数字で40%だが、日本は牛、豚、鶏等の飼料およびその原料の90%を、輸入に頼っている。
例えばトウモロコシを日本は国産ではまかなえず、また飼料もまかなえない。日本にとってトウモロコシは必需品であり、またアメリカ以外からの輸入は難しいだろう。近年、大豆をはじめ、中国もその旺盛な消費拡大から買い付けに奔走しているため、価格は高騰している。日本の40%の食肉自給率もTPP発効後は壊滅する恐れが高い。
なんの、日本各地に高付加価値のブランド和牛があるではないかと言うが、すでに和牛の精子は、オーストラリア、中国、アメリカ、カナダや欧州に持ち出され、それぞれの国が「和牛」の生産と輸出に力を入れている。この和牛精子を海外に持ち出して売ったのは、おそらく日本の商社に違いない。

関税を撤廃した自由貿易TPPによって、日本の自動車、家電品、機械等の高品質製品類の輸出が伸びると言っているが、これもTPP推進派の嘘のひとつである。日本の自動車メーカーは、すでに現地生産にシフト化している。家電品は韓国や中国製品に押されっばなしで、北米を筆頭に世界各地で日本の白物家電は壊滅状態である。またアメリカは自動車や家電品を自国でも生産しており、他国からも容易に輸入できるし、特に必需品ではない。しかし日本にとってトウモロコシ、大豆等は「必需品」なのである。
三木谷某は「日本の農業が無くなったって何も問題ない」と言い放ったが、
かつて食糧価格の国際的高騰時に、ベトナム、カンボジア、インドネシア、インド、カザフスタン、エジプト、セルビア、アルゼンチンは穀物の輸出禁止を実施した。中国も輸出税、輸出枠規制で穀物輸出を制限した。アメリカはニクソン時代に大豆の輸出を禁止している。どの国も余剰生産物を輸出に回し、それが不足すれば自国民に回すのだ。食糧危機に際して、自国民を優先して食べさせるのは当然である。
一国の穀物の不作はその国際市場でたちまち浮遊する投機マネーを集め、価格が一気に暴騰する危険を孕んでいる。投機マネーは高騰する商品を探しているのである。水資源の枯渇は地球レベルで進行し、地球レベルの気候変動による農業全般の危機状況が進行している。
食糧安全保障の観点からも日米同盟と、アメリカが求めるTPPを、と言う人もいる。また、日本の食糧輸入先の多様化を図るためにも自由貿易を拡大させ、食糧安全保障を担保するというのも、どちらも寝言に過ぎないと思うのだ。
かつて環境学者レスター・ブラウンは「誰が中国を養うのか」を書き、近未来の世界的食糧危機を予言した。しかし「誰が日本を養うのか」ではなかったか。