かつて有馬記念について次のように書いたことがある。有馬記念は「事実上の日本一決定戦」だ、しかし「これまでの勝ち馬には、どう考えても日本一の実力にふさわしくない馬も見受けられる。競馬には紛れがあるのだ。」
さらに続けて「私が目撃してきた馬の中では、ストロングエイト、 イシノアラシ、リードホーユー、ダイユウサク、そして昨年の優勝馬マツリダゴッホであろうか」と、たいへん失礼なことを書いてしまった。
マツリダゴッホが勝った有馬記念、彼は9番人気に過ぎなかった。レースはウオッカやメイショウサムソンが後方に位置した。サムソンの脚質を考えれば、もっと前に行くべきだったろう。ゴッホは内ラチ沿いを先行、好位置につけ、スローペースとなった。それが利したかマツリダゴッホが直線抜け出し、猛追するダイワスカーレットを振り切って勝ったのである。上がり3ハロン36.3…。口の悪い私は「腐ってもサンデーサイレンス、流石…」などと言ってしまったのである。
それまでマツリダゴッホは、GⅡのアメリカJCCやオールカマーは勝っていたものの、天皇賞は春秋とも惨敗していた。
私の中のマツリダゴッホの印象は、勝つときは強い勝ち方をするが、大したレースでもなく、大した相手でもないのに、何が原因か分からないが情けない負け方をし、安定性がないというものである。つまりムラ馬なのだ。
彼のGⅠ優勝はその有馬記念だけだが、その後もGⅡの日経賞やオールカマーを、59キロも背負って勝っているのだから、実はなかなか強い馬なのである。しかもオールカマーは3連覇という偉業である。マツリダゴッホはサンデーサイレンス産駒の最後の世代で、また最後のGⅠホースとなった。
ちなみにマツリダゴッホは26戦10勝のうち、8勝が中山競馬場であった。2勝が札幌競馬場だから、全て右回りでの勝利である。こういう得手不得手のある個性派は、競馬の予想を面白くする。
サンデーサイレンス産駒のGⅠホースは、ディープインパクトを筆頭に綺羅星のごとく並び、種牡馬となったマツリダゴッホは、それらの後継種牡馬と比して、種付料が100万円から150万円と「格安」である。そのためそこそこの数の繁殖牝馬を集めることができた。
その初産駒、ウインマーレライは重賞のラジオNIKKEI賞を勝った。二年目の産駒クールホタルビも重賞ファンタジーSを勝ち、アルマワイオリは朝日フューチュリティに2着した。マツリダゴッホの評価は高まりつつある。マツリダゴッホの産駒は成長力があるという評もあるが、これらの馬が古馬となってどういう成績を挙げるかであろう。
今年(2015年)の初夏、三年目の産駒ロードクエストは、M・デムーロ騎手で東京競馬場の新馬戦(1600)14頭立てに臨んだ。彼はゲートを出遅れて最後方から行き、直線に入って凄い追い込みを見せて勝った。上がり3ハロンは33.2である。この馬はゲート出が下手なようである。
ロードクエストはこの夏の新潟2歳S(1600)を田辺裕信騎手で臨んだ。18頭立てである。この日も出遅れ、稍重馬場を最後方からインコースを進んだ。直線に入ると一気に馬群の先頭に立ち(いったい、いつ出て来た? 私は何度も映像を繰り返し見直した)、後続との差を広げた。これはなかなか強い勝ち方で、上がり3ハロンは何と32.8である。
田辺騎手は出遅れにも落ち着いて上手く乗った。しかし、この後また外国人騎手に乗り替わるのではなかろうか。田辺騎手は今どき珍しくフリーではなく、デビュー時からずっと美浦の小西一男厩舎の所属である。
昔、フリー騎手は渡辺正人(まさんど)と横山富雄騎手ぐらいしかいなかった。その時はそういう勇気あるフリー騎手を応援した。今は田辺のような稀少となった厩舎所属の騎手を応援したい。こういう騎手に多くの騎乗機会が回って、良い馬に出会ってもらいたいものである。一握りのエージェントがグループ(軍団)を形成して幅をきかせ、騎手の騎乗機会やその成績を左右してしまう競馬は、何とも釈然としない。実は多くのファンが薄々そう思っているのではないか。
一握りの騎手に騎乗が集中する現状を見ていると、そろそろ海外の競馬のように、一日の騎乗数や連続騎乗数に制限を設ける時期が来ているのかも知れない。一日の騎乗数は例えば8鞍、連続騎乗数は例えば6鞍…。若手騎手を育てることにもなり、騎手の疲労が原因の斜行も防げる。
さて、ロードクエストは中長距離血統であろう。このまま無事に走れば、来年のクラシックの有力馬の一頭になると思われる。おそらくマツリダゴッホの種付料も上がるに違いなく、さらに質の高い牝馬を集めることだろう。祭りはこれからだ。
無論、ロードクエストの前に、多くの優れたライバルたちがデビューし、追いかけてくるだろう。さらに彼の前に立ちはだかるだろう。出遅れ癖が直らぬまま、三冠馬になったディープインパクトもいる。また後方からの競馬は展開に左右されがちとなり、多頭数ともなれば前を塞がれるリスクも増える。ロードクエストと騎手は、これからどういうレースをしていくのかが楽しみである。
この夏、サンデーサイレンスの後継馬の一頭、漆黒の疾風マンハッタンカフェが亡くなった。17歳、少し早過ぎる死であろう。彼の娘ルージュバックやクイーンズリングのこれからに期待したい。
それにしてもサンデーサイレンスは何と偉大な種牡馬であったことか。同時代の種牡馬の中では、おそらく世界でもっとも優れた種牡馬ではなかったか。その強い影響力で、血脈の枝葉を拡げ、日本で四代、五代と続いてほしいものである。
また、ほとんど無名のオウケンマジックのような意外な種牡馬が現れて、その産駒がサンデーサイレンス系の良血馬を蹴散らしてもらいたい。もっともっと多様な個性的な種牡馬に機会が与えられ、異流、異色の血脈を打ち立ててほしいと思うのだ。そのほうが、きっと競馬が面白い。