馬家噺

え~、人の一生を「人生(じんせい)」と言いますが、馬の一生はさしずめ「馬生(ばせい)」とでも言うんでしょうか、ン罵声? なんか怒鳴られ罵られてるみたいで嫌だね。これは「馬生(ばしょう)」と言ったほうがいいね。有名な句で「古池や芭蕉とびこむ水の音」…って、これがホントの水芭蕉。侘び寂びもあるね、「馬生(ばしょう)」には。
でもまるで落語家だね。十代目金原亭馬生師匠は馬で言えば良血、父・五代目古今亭志ん生、母、そして母の父…え~実はあまり詳しく存じませんので…ご興味のある方は興信所に…え~その全弟に三代目古今亭志ん朝がおりまして、娘に個性派女優の池波志乃が出て、義理の息子が中尾彬。やはりなかなかの良血です。
馬生師匠のおつむは白髪まじりでした。お父っぁんの志ん生師匠のおつむはよく光り輝いておりましたから、母の父にでも似たものでありましょう。
馬生師匠は父の志ん生師匠に弟子入りし、四代目むかし家今松の名をもらい、その後は初代古今亭志ん朝となり、真打ち昇進の時に古今亭志ん橋となり、翌年から十代目金原亭馬生を名乗るという、目まぐるしい高座人生いや馬生師匠。その出囃子は「鞍馬」。

最初に父・志ん生師匠に弟子入りしたとき、志ん生師匠は「むかし家今松」の名を与えただけで、どっか行っちゃった。いや、志ん生師匠は戦地慰問で家を留守にすることが多く、全く落語を教えてもらえなかったそうで。…
そこで他の師匠方のもとに出かけて行って稽古をつけてもらったといいます。自分の弟子以外の者に稽古をつける、教えるってぇのは、落語界と相撲界に伝わる美風でして、こうして師匠みんなで、古今亭も林家も柳家も桂も三遊亭も春風亭も分け隔てなく後進の者を育てるんです。いいもんですな、こういう習わしは。だいたい古典芸能や武芸の世界は流派が違っても稽古をつけてあげるんですな。伊勢ヶ浜親方も春日野親方も境川親方も、どこの親方衆も、出稽古に来た他(よそ)の部屋の力士にさかんに教える。
十代目馬生師匠は玄人受けする人情噺を得意としてました。実に渋い味わいのある落語でしたね。あのおつむは若白髪だったんですな、あれは。…食道癌で亡くなった時、まだ五十代半ばだったんですから、勿体ない。本当にお気の毒に、喉、さぞ痛かったんでしょうな。

昔から風邪なんかで喉などが痛くなりますってぇと、喉にネギを巻く。私も子どもの時分にやってもらったことがありましたね。ネギの白い部分を十センチくらいの長さで切って、縦に包丁を入れて広げ、火で炙ってしんなりしたら、開いた面がのどに当たるようにしてガーゼかタオルで包んで、首に巻き付けるんですな。あれは非科学的なおまじないだと思ってましたが、ちゃんと科学的根拠があるらしいんです。
あのネギには「ネギオール」と言う成分が含まれているそうで。…なんか小林製薬の「ノドヌール」とか「ブルーレットおくだけ」「アンメルツヨコヨコ」「コリホグス」みたいなネーミング。そう言や整体の「ソコモット」なんていうのも良いネーミング。
え~なんでも、このネギオールは抗菌、殺菌、抗ウィルス作用があって、喉の炎症を抑えるのに効果があるらしいんですよ。
また、ネギの匂い成分である「硫化アリル」ってぇのは血行を良くして、体を温める作用があるんですって。まあ馬生師匠のご病気にはネギオールも全く効き目はなかったでしょうなあ。

ところでネギオールで想い出しましたが、むかしソロナオールという馬がいましたな。父フェリオール、母ソロナコメット、母の父ソロナウェー。北海道門別の法理牧場の生産馬。法理牧場ってぇのは、障害レースの名手として鳴らした法理騎手の実家でしたな、確か。
ソロナオールって馬は、男馬にしては温和しい女の子みたいに小柄で細身の馬体で、可愛いって感じの馬でした。運が悪いことに、タイテエム、ロングエース、ランドプリンス、イシノヒカル、ハクホオショウ、タニノチカラ、ハマノパレード、ストロングエイトたち、つまり最強世代と同世代。
その脚質はいつも最後方からの追い込み一辺倒。そしていつも3着。セントライト記念3着、京都新聞杯3着、菊花賞3着、有馬記念3着、条件戦も3着。もっと前で競馬をすればいいのに、それができない不器用さ。きっと馬群に包まれるのが恐くて嫌いで、いつも後ろから行ったんでしょうな。
むかしカブラヤオーの主戦騎手・菅原の泰っさんが言っておりました。他馬を怖がる気の弱い馬の戦術は、逃げか、最後方からの追い込みなんだって。
カブラヤオーのデビュー戦はダート1200。この時は人気もなかったが、最後方から行って、ゴール直前で猛然と追い込んで頭差の2着。その後は逃げて逃げて逃げまくって、皐月賞もNHK杯も勝ち、八連勝でダービー馬となりました。カブラヤオーが引退した後に、泰っさんは言ったね。カブラヤオーは気が弱かったんだって。追い込むか逃げるかしかなかったって。
ソロナオールも他馬を怖がったんだろうね、たぶん。だけど大外から猛然と追い込んでくる脚は圧巻で、もうスタンド全体が「来た~」って感じで揺れたけど、やっぱり3着。あ~あ、今日も3着かって…。
そのほとんどのレースで乗っていたのは高森紀夫騎手でしたな。あんまり目立たない騎手でした。でも高森と言えばソロナオール、ソロナオールと言えば高森。「この人この一頭」に入れてもよかったねえ。勝てなかったけどファンは多かったねえ、胸をキュンとさせるんだよねえ、あのソロナオールっていう馬は。判官贔屓ってぇのかね。女性ファンも多かったような気がします。
そう言や、ロイスアンドロイスってぇ馬も3着ばかりだったなあ。オールカマー3着、天皇賞・秋3着、ジャパンカップ3着…。このときは横山典弘騎手が乗っていましたっけ。しかしロイスアンドロイスは典型的なジリ脚タイプ。同じ3着でも、インパクトではやっぱりソロナオールだねえ。

え~、人間は風邪で喉が痛くなったらネギの一、二本分も首に巻けばいいけど、馬は大変だね。首が長いし太いし。キリンはもっと大変だろうね、ありゃあ。深谷のJAにでも協賛に付いてもらわなくっちゃね。
え~人情噺なら十代目「馬生」、喉の「炎症」にはネギオール。抗菌、殺菌、抗ウイルス。ソロナオールは最後方、「来た~」けれどオール3着。追い込むだけの「馬生」なんでありました。