掌説うためいろ 邪宗門と青春の修羅
大正十年の初夏である。せかせかと忙しそうな中年の女性秘書をつかまえて、一人の青年が吃るように懇願した。 「ほんのちょっとばがりでいいンです...
競馬と文学と童謡と……
大正十年の初夏である。せかせかと忙しそうな中年の女性秘書をつかまえて、一人の青年が吃るように懇願した。 「ほんのちょっとばがりでいいンです...
土井(つちい)林吉は当初両親から進学を許されなかったため、第二高等中学に入学した時は、同級生の中では最も年を食っていた。親しくなった同級生に...
名はなんと言ひけむ 姓は鈴木なりき 今はどうして 何処にゐるらむ 名は何と言ったっけ、姓は鈴木だった。今どこでどうして暮らしているのだ...
宿の人が恋路ケ浜というのだと教えてくれた。その浜の名が、青年の胸に少し切ない想いをよみがえらせた。教えられたとおり、小山の裾を東へ回って、松...
昔の人はよく歩いた。交通機関が無かったからだと言えばにべもない。住まいからかなり離れたあちこちの寺社へのお参りも、気楽に頻繁に出かけている。...
結城よしをは戦場で童謡と童話、手記を書き続け、徴用された輸送船・神龍丸の最期も記録した。山之井龍朗も神龍丸の最期を油絵に描き残した。二人は共...
本居長世は涙ぐみ、洟をすすった。ハンカチを取り出し、しきりに目尻や鼻を押さえた。野口雨情から「赤い靴」の〈きみ〉と言う名の童女の逸話を聞いた...
碧川かたは、その半生を女性の参政権、公民権、男女平等改革の婦人運動に捧げ、昭和三十七年一月の厳寒の日、九十二歳で亡くなった。 彼女の前夫の...
明治四十二年、不安な噂が広がりつつあった。フランスの高名な天文学者カミーユ・フレンマリオン博士によれば、来年の五月下旬にさしかかる頃、地球は...
駅の改札を出た細面の眼鏡の紳士が、彼を出迎えた丸い赤ら顔の眼鏡の紳士に向かって帽子をとって会釈をした。濃い鼻髭を蓄えた恰幅の良い紳士も帽子を...