競走馬のデータを調べるとき、現役馬なら「netkeiba.com」を見る。現役馬か抹消馬か、牡牝、馬齢、毛色、生年月日、調教師、馬主、生産牧場、生産地、空欄の場合が多いがセリ取引価格、中央競馬獲得賞金、地方競馬獲得賞金、通算成績、主な勝鞍、近親馬、血統、適正レビュー(コース適性、距離適性、脚質、成長力、重馬場)。そして競走成績。登録すればレース映像も見ることができるが、通過順、ペースと前半3ハロンのタイム中盤3ハロンのタイム、上がり3ハロンのタイム、馬体重、勝ち馬(2着馬)、そのレースでの獲得賞金がわかる。
そのレースを実際に見ていなくても、データを眺めているだけで、その時のレースぶりが目に浮かんでくる。
しかしnetkeiba.comでは古い馬のデータが少ない。ハイセイコーの競走データもない。シンザンやシンポリルドルフのような、G1を何勝もした馬のデータなら見ることできるが、重賞1勝程度の馬のデータはない。
古い馬を調べるには「優駿たちの蹄跡」(ahonoora.com)が実に重宝する。「個人による日本・海外競馬のデータベース」とある。中央競馬・地方競馬・海外競馬、競走馬・レース等のデータベースサイトなのだ。
このサイトでは、特に中央競馬のこれまでの全重賞勝ち馬のデータが素晴らしい(重賞勝ち馬でもないのに掲載されているのは、ソロナオール、ロイスアンドロイスくらいであろうか。どちらも万年3着の個性派であった)。
掲載データは、引退競走馬名鑑、現役競走馬名鑑(特に重賞で活躍中のオープン馬)、生年別競走馬名鑑、国内重賞史、年別海外主要重賞競走一覧、受賞馬一覧、引退中央騎手一覧、引退中央調教師一覧、SpecialData(賞金ランキング、競走馬記録等)、そしてアホヌラゲーム館。
「アホヌラ」とはこのサイトの管理人の方のハンドルネームである。アホヌラ(Ahonoora)…これまた実にマニアックな馬名ではないか。
アホヌラ(アホヌーラ)は1975年生まれのイギリスの古い重賞勝ち馬で、クラリオン系の種牡馬であった。同年生まれの日本の馬で言えば、ファンタスト、サクラショウリ、インターグシケンの時代である。
アホヌラはクラシックのG1で活躍したわけではなく、GII、GIIIのスプリント戦を勝った典型的な短距離のスピードのスペシャリストであった。種牡馬として、さらに母の父としては、欧米で名うてのスプリンターやスピード馬を数多く輩出した。インディアンリッジなどが後継種牡馬として産駒にそのスピードを伝え、成功している。
またアホヌラの産駒の適正距離は、父よりも伸び、イギリスダービー馬ドクターデヴィアスも出した。
1992年、産駒のドクターデヴィアスはイギリスのダービー馬となった後に、3歳のダービー馬として初めてジャパンカップに参戦したが、トウカイテイオーの10着に敗れ、そのまま日本で種牡馬となった。
福島記念を勝ったオーバーザウォールや、ファンタジーステークスを勝ったロンドンブリッジを出し、ロンドンブリッジは桜花賞2着、オークス優勝馬のダイワエルシエーロを出し、母の父としても結果を出した。しかしドクターデヴィアスは買い戻され、イタリアで種牡馬となって、2006年、2007年にはリーディングサイアーに輝いている。何といってもイギリスのダービー馬なのである。
こういうことを調べるには、「優駿たちの蹄跡」は実に便利この上ない。このデータを眺めているだけで、実に楽しく飽きることがない。ここにはレース展開、レース中の位置取りは載っていないが、次々と記憶がよみがえってくる気がする。また自分の記憶違いや思い込みにも気づかされる。
かつて寺山修司は、アメリカで競馬観戦を楽しんだおり、向こうの競馬新聞のレーシングフォームに感動したことを書いている。それぞれのレースと、それに出走する競走馬の過去のデータを列記した一覧表(日本のスポーツ紙では馬柱と呼ぶ)である。彼がそれをエッセイに紹介したことが契機になり、日本の馬柱も改良され、特に精緻に進化したものが「競馬ブック」だった。
しかし寺山は「馬の個人史」というものが知りたいと書いた。例えば、ヒカルメイジ、コマツヒカリのダービー馬兄弟を輩出した盛田牧場は、雪深い青森の牧場で、雪解けになった春の放牧場は、いつも泥田のようにぬかるんでいる。そこで育った兄弟は道悪が得意になった。…という馬の個人史である。さすがにまだそれは、レーシングフォームに反映されていない。
また「netkeiba.com」や「優駿たちの蹄跡」にも、それらの牧場や育成場などの情報は掲載されていない。私が知りたい情報は、どんな仔馬だったのか。甘えん坊?きかん坊?いつもひとりぼっち?育成牧場時代に仲が良かった同期生は?…まさに馬の個人史のデータ(情報)である。