宝塚記念や有馬記念の出走馬は、ファン投票と推薦によって決まる。野球の「オールスター」戦と同様のファン投票であることから、「ドリームレース」と呼ばれている。暮れに開催される有馬記念は「中山グランプリ」として創設され、今年で50回を迎える。有馬記念はスター競演の日本一決定戦、文字通りのグランプリレースである。
かの伝説の馬カブトシローは、大部屋俳優であったにもかかわらず、このスター競演の夢舞台に演出家か舞台監督の推薦で脇役として起用され、並み居るスターたちの演技を喰う日本一の名演技を見せて大向こうを唸らせた(あるいは怒らせた)のだ。
彼は殿りを目立たぬようにトボトボ走り、気がつけばゴール直前でスターを脅かす2着に突っ込んだ。またある年彼は、向こう正面で引っ掛かって一気に逃げはじめ、スタンドの大観衆を笑わせたが、そのままスターたちを大差でぶっちぎっり、大観衆のほとんどに悲鳴を挙げさせた。彼にはそんな底力があったのである。
またこの夢舞台を引退レースに決めた年、ドロドロの不良馬場の中を最後方で進み、最後方のまま、全身に泥を浴び目立たぬようにゴールした。こうして彼は泥にまみれて競馬場から去っていった。
現実のレースとは別にファンの想像の中の「ドリームレース」もあるだろう。世代が異なったり、故障のために相まみえることのなかったスターホース、スーパーホースたちが「もし戦わば」、勝つのはどの馬で、どんなレースをするのだろうかと考えることは楽しい。近年の例で言えば、キングカメハメハとディープインパクトが有馬記念で相まみえれば…とか。この答えは簡単である。キングカメハメハはディープインパクトに負けるだろう。理由は両馬の適性距離、限界距離にある。
三冠馬シンザン、トウショウボーイとその産駒の三冠馬ミスターシービー、七冠馬シンボリルドルフとその産駒トウカイテイオー、三冠馬ナリタブライアン、ディープインパクト、スペシャルウィーク、テイエムオペラオー、エルコンドルパサー、ネオユニヴァース…脇役としてタニノチカラ、トウメイ、ヒシアマゾン、ヒシミラクル、レースを攪乱する悪役イングランディーレ、悪女にプリティキャスト、曲がったことが大嫌いなためコーナーが曲がれなかった狂女チドリジョーも出走させよう。彼女の能力は次元を超えていた。いったいどんなレースになっただろう。
さてドリームレースのひとつとして、小田切有一氏の馬だけが出走できる「珍名記念」のレース実況をイメージしよう。…
さあゲート開きました!おっと1番人気ウラギルワヨが出遅れた。先ずはウキウキ先頭に立った。いやこれはワナだ、これはワナだ。その外からゴロゴロ行ってナキワライ、エガオヲミセテ、ワラワセテが続きます。中団はごちゃごちゃしている。このあたりはゴマメノハギシリ、ドングリだ。ウラギルワヨはどの辺か、おっと競走を中止だ競走中止だ! キゼツシソウだ。…先頭はコイ ドロボーに変わった。続いてオジサンオジサン、カミサンコワイ、キャバレー、オセッタイが続きます。それを追うようにアトデ、コワイコワイの手が動いた。オジサンオジサン早くもいっぱいか。
…さあ直線に向いた、バクハツダ。先行集団が一気に変わった。マケズギライがかわした、その内でガンバリッコが出て譲らない。真ん中突いてイトマンノリョウシの追い込み漁だ! いやその外から何とアシデマトイが先頭に立った。いやウソですウソですミエッパリ! ユルセ、ユルセ、オトコノユウジョウ、じりじりとオジャマシマス、オソレイリマス前に出る。最内からミテミテ、ドンナモンダイ! 馬体を合わせてソレガドウシタ! 最後方からハデニヤロウゼ飛んできた! 大外から大外からコレガケイバダ!! そして内にナゾだナゾだ大混戦だ!! わけが分からなくなりました! キゼツシソウだ! やっぱりナゾだあ! コレガケイバダあぁぁ…。と「珍名記念」は何度やってもかしましい。
(この一文は2006年6月8日に書かれたものです。)