2013年夏、トウカイテイオーが死んだ。二十五歳の大往生である。そして今年の2014年、トウカイテイオーの最後の産駒が二頭誕生した。
一頭は、びらとり牧場生産の4月10日生まれの黒鹿毛の牝駒で、「トウカイパステルの2014」として登録された。もう一頭は、遊馬ランドグラスホッパー生産の7月3日生まれの鹿毛の牡駒で「キセキノサイクロンの2014」として登録された。
トウカイパステルは中央競馬、栗東の中村均厩舎に入った。なにせ父はかのサンデーサイレンス、母の父はマルゼンスキーである。
この馬、23戦1勝の成績だが、実は25回レースに臨んで二度も発走を除外された記録がある。激しくイレ込み、ゲート入りを嫌ったものであろう。
バステルは何故か芝の短・中距離を走っているが、その記録を見ると、サンデーサイレンスやマルゼンスキーのスピードは受け継いでいない。牝系の血統にファラモンドが入っていること等から推測するに、スピードに欠けている嫌いがあり、力馬のほうだろう。芝よりダート向き、そして短距離より中長距離向きだったのではなかろうか。その牝系の成績も不振で、二流である。
「トウカイパステルの2014」は、トウカイテイオーと同じ内村正則氏の所有馬だから、競走馬として中央か地方競馬からデビューするだろう。あるいは母の父としてのトウカイテイオーに期待して、未出走のまま繁殖入りするかも知れない。
2003年(平成15年)、8月3日にフィリピン東海上に発生した熱帯低気圧は、巨大な勢力に発達して、7日に沖縄本島に上陸、8日に室戸市、9日に西宮市に再上陸し、衰えぬまま本州を縦断、10日に襟裳岬に再々上陸した。鵡川、沙流川、厚別川、十勝川が氾濫し、農作物や家屋を押し流した。日高の馬産地も大きな被害を受け、後に激甚災害に指定された。
新冠の畔柳作次の牧場も激しい濁流に飲み込まれ、厩舎も馬も流されて全滅した。数日後、畔柳の牧場から4キロ下流の泥を被った牧場に、一頭の泥だらけの子馬が発見された。調べると、小柄な一歳の牝馬で、畔柳のところの馬であることが判明した。この子馬の生還は実に奇跡的なことと思われ、ニュースにも取り上げられたのである。その馬は山田祐三の所有馬として、キセキノサイクロンと名付けられた。英語に於けるサイクロンの意味は、強い暴風雨をともなう低気圧のことである。
彼女は公営の旭川競馬で走ることになった。ダートコースのみの競馬場である。その旭川競馬場も2008年秋に廃止されて今はない。
キセキノサイクロンの父はエアダブリン、その父はトニービンである。牝系は二流である。母の父は短中距離系だが、エアダブリンはステイヤーであった。
94年のクラシック戦線で、エアダブリンには岡部幸雄騎手が乗り、常に人気上位の有力馬だった。しかしこの年は相手が悪かった。ナリタブライアンがいたのである。それでもダービーでは2着、菊花賞は3着で入線した。古馬になってから長距離のステイヤーズステークス(3600メートル)、ダイヤモンドステークス(3200メートル)を勝ったが、春の天皇賞(3200メートル)では1番人気に推されながら勝てなかった。
キセキノサイクロンは二歳時1000メートルの短距離戦を4戦して未勝利に終わった。内3戦がドン尻負けで、最後の一戦は12頭立ての10着であった。彼女はそのまま引退した。どちらかというと芝向きの、長距離血統エアダブリンの子が、ダートで、せわしない1000メートル戦は合わなかったのであろう。
キセキノサイクロンは競走馬用の繁殖には供用されなかった。しかし地元の人たちは、激しい濁流から奇跡的に助かったこの馬に、特別の想いを抱いていると思われる。
彼女が引き取られた先は「遊馬ランドグラスホッパー」である。この施設の代表は女性の獣医さんで、馬の歯医者さんとしても名高い荒井亜紀さんである。そこは外乗中心の乗馬クラブで、子どもたちと一緒に遊べるミニチュアホースもいる。また「(株)ノマドック」として、故障した馬のリハビリや先端医療、代替医療の技術開発も行っているという。
キセキノサイクロンはこれまで純血アラブ種の馬に掛け合わされ、何頭かの子どもを産んだ。その子たちはおそらく乗馬用に調教され、グラスホッパーの売りであるトレイルライディング等に活躍しているのだろう。
そして2013年に初めてサラブレッドのトウカイテイオーに掛け合わされたのである。
それにしても7月3日生まれとは、馬としてはいかにも遅い誕生で、1月~4月生まれの同年の馬たちと比べれば、かなりのハンデとなろう。当然、現在も同年生まれの他馬と比較して小柄らしい。
もし競走馬デビューするとすれば、2016年の夏は無論、その晩秋にも暮れにも間に合わず、2017年春のクラシック戦線の皐月賞後、ダービー前くらいになるのではないだろうか。しかし荒井亜紀さんや遊馬ランドグラスホッパーを応援している人たちは、この馬の成長と、競走馬として活躍することを楽しみにしているらしい。
トウカイテイオーのファンも思っているだろう。このトウカイテイオー最後の牡駒が、中央競馬に行って並み居るサンデーサイレンス系の良血馬を蹴散らし、やがて種牡馬となって、曾祖父パーソロン、祖父シンボリルドルフ、父トウカイテイオーの父系の血を後世に伝えて欲しいと…。
かつて「奇跡の復活」を遂げた父トウカイテイオー。濁流から「奇跡の生還」を遂げた母キセキノサイクロン。さあ、お前も「奇跡の子」になれ。